二百十日、風を鎮めるおどり
夏の終わりに、備えるということ
読み物コラム | 読了目安 約4分
朝、玄関の戸を開けたときの空気がほんの少しだけ変わりました。日中はまだ汗が流れますが、夕方の風からは湿り気が抜けて蝉の声にかわって虫の音が混ざりはじめます。八月二十三日には二十四節気の「処暑(しょしょ)」を迎えました。暑さがおさまる頃という意味です。とはいえ名古屋の残暑はもうしばらく続きそうですが。
この季節、暦にはもうひとつ少し変わった名前の日が控えています。
九月一日は「二百十日」
「二百十日(にひゃくとおか)」。立春から数えて二百十日目にあたる日で、今年は九月一日がその日です。日付が毎年ぴたりと同じにならないのは、立春の日が年によって動くからです。
昔の人はこの日を「厄日(やくび)」と呼んで、ことさら警戒しました。ちょうど稲の花が咲く大事な時期と、台風がやってくる時期とが重なるからです。花の時期に強い風雨に叩かれると、一年の労苦が、たった一晩で吹き飛んでしまう。
「野分(のわき)」という古い言葉があります。野の草を分けるように吹き渡る、秋の暴風のこと。台風という言葉が生まれるずっと前から、人はこの風を恐れ、そして名前をつけて向き合ってきました。天気予報のない時代、頼れるものは先人が数え上げた暦の日数だけでした。
風を鎮めるために、人は踊る
この時期、富山市の八尾(やつお)という町では、少し不思議なお祭りが行われます。「越中八尾 おわら風の盆」。今年は九月一日から三日まで、一日と二日は夕方五時から夜十一時まで、三日は夜七時から十一時まで開かれます。
坂の多い小さな町に、三味線と太鼓、そして胡弓(こきゅう)の音が流れます。編笠を目深にかぶった踊り手たちが、顔を隠したままゆっくりと町を流し歩く。声を張り上げるでもなく、跳ねるでもなく、ただ静かに途切れることなく踊り続けます。三百年余りの歴史があるといわれるお祭りです。
なぜこの時期なのか。もともとは、二百十日の風を鎮めるための祈りだったと伝えられています。豊作を願い、風の神様に静かにしていてくださいと頭を下げる。抗うのではなく、鎮まってもらう。その願いの形が、あの静かな踊りなのだと思うと胡弓の音の細さにも合点がいきます。
私はまだ現地で見たことがないので、いつか夜の八尾を歩いてみたいと思っています。
備えは、風が吹く前にしかできない
今年の新米は、産地によっては去年より価格が落ち着きそうだとも聞きます。稲が無事に実りを迎えられるかどうかは、これからのひと月次第です。
厄日を数え、風を鎮める踊りを捧げる。ずいぶん心もとない備えのようでいて、案外これは理にかなっているのかもしれません。こうした備えはすべて「風が吹く前」にしかできないからです。吹いてしまってからでは、祈っても踊っても間に合いません。
私たちの仕事も実はよく似ています。ご相談にみえる方の多くは、すでに風が吹いたあとにいらっしゃいます。名義がお父様のままだった実家。誰も中身を知らない通帳。話し合おうと思っていたけれど、そのままになっていたこと。そのどれもが、穏やかな時期であればずっと小さな手間で済んだはずのものです。
お盆に帰省された方は、久しぶりに実家の様子をご覧になったかもしれません。風のないこんな季節に、「あの家の名義、どうなっているんだったかな」と一度思い出してみる。それくらいで十分だと思うのです。
今回の覚え書き
- 二〇二六年の「二百十日」は九月一日。稲の開花期と台風期が重なる警戒の日とされてきました。
- 富山市八尾町の「おわら風の盆」は九月一日〜三日。二百十日の風を鎮め、豊作を願う祭りと伝えられています。
- 備えは、風が吹く前にしかできません。実家の名義や通帳のことも、穏やかな時期に思い出しておくと後々の手間が違います。
実家の名義や相続のことは、急ぎでなくても構いません。「まだ何も決まっていないのだけれど」という段階のお話が、私どもはいちばん得意です。
司法書士法人白壁事務所(しらかべ)(名古屋市東区)では、初回のご相談を承っております。どうぞお気軽にお声がけください。











































