
秋のお彼岸が過ぎたころから、名古屋市東区の当事務所でも遺言書のご相談が増えます。書き終えた方からよくいただくのが、「あとは家族がやってくれるのでしょうか」というお尋ねです。中身を手続きに移す人を決めておくかどうかで、ご家族の手間はかなり変わります。その役を担うのが遺言執行者です。
遺言執行者は、遺言書に書かれた内容を実際の手続きに移す役目の人です。民法は、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理をはじめ執行に必要な一切の行為をする権利と義務があると定めています。
松江地方法務局の「自筆証書遺言書作成・保管申請キット」は、「遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続をする者のことです。」と説明しています。遺言書を書いた方の代わりに名義を書き換え、財産を引き渡す人と考えれば足ります。
民法1012条1項の文言は、法務省の「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律新旧対照条文」で読めます。「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」というものです。
誰を指定できるかに決まりはありません。函館地方法務局の「自筆証書遺言書の文例集(付言事項付き)」には、妻、長男、孫、内縁の妻を指定する例が並んでいます。ご家族のどなたかにお願いしてもかまわないことが分かります。
遺言執行者がいる場合、遺贈の履行はその遺言執行者だけが行うことになります。また、特定の財産を相続人のどなたかに承継させる遺言があるときは、遺言執行者が対抗要件を備えるために必要な行為をできます。
一つめは、家族以外の方に財産を渡したいときに効きます。同じ新旧対照条文には「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。」とあります。相続人の署名や押印を一人ずつ集めずに、引き渡しまで進められます。
二つめは、不動産を一人に承継させる遺言で効きます。民法1014条2項には「遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。」と置かれました。不動産では、この対抗要件が登記です。名古屋の相続登記でも、これを根拠に遺言執行者が申請します。
なぜ登記を急ぐのかは、法務省の資料(相続の効力等に関する見直しについて)にあります。「相続させる旨の遺言等により承継された財産については,登記なくして第三者に対抗することができるとされていた現行法の規律を見直し,法定相続分を超える部分の承継については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととする。」というものです。登記が済まないうちは、超える部分を第三者に主張できません。
遺言執行者は、遺言書の中で指定します。法務局の記載例では、財産の分け方を書いた項の後ろに、指定の一文を置く形です。氏名だけでなく生年月日まで書き添えておくと、同姓同名の方との取り違えを防げます。
松江地方法務局の記載例は「私は、この遺言の遺言執行者として、次の者を指定する。」と書き出し、続きに氏名と住所を書きます。函館地方法務局の文例集は「2 遺言者は、長男函館一雄(昭和○○年○○月○○日生)を遺言執行者に指定する。」のように、一文で収めています。
実務でいちばん効くのは、予備の指定です。同じ文例集には「2 遺言者は、妻花子を遺言執行者に指定する。ただし、妻花子が遺言者より先又は遺言者と同時に死亡した場合は、長男一雄を遺言執行者に指定する。」という形があります。この一文の有無で、相続が始まったあとの手間が変わります。
名古屋市東区のご相談で、こんなことがありました。十年ほど前の遺言書に、遺言執行者としてご本人の弟さんのお名前がありました。ところが相続が始まった時点で、その弟さんはすでに亡くなっていました。遺言書そのものは生きていますが、執行を担う方がいません。ご長男が家庭裁判所に選任を申し立て、手続きが整うまでにひと月あまりかかりました。書いた時点で、より若い世代の方を予備の遺言執行者として一行添えておけば、このひと月は要りませんでした。※事例は個人情報保護のため一部を改めています
松江地方法務局は「内容について、法律的に不備がないよう、具体的・正確に記載する。」と注意も促しています。遺言書を法務局に預けるときの保管申請書にも、遺言執行者を書く欄があります。同じキットのチェックリストにも「遺言書に記載された受遺者又は遺言執行者が記載されていますか。」とあります。
遺言書に遺言執行者の指定がないときや、指定された方が亡くなっているときは、家庭裁判所に選任を申し立てられます。申立てができるのは利害関係のある方で、申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所です。
裁判所の「遺言執行者の選任」の案内は、「遺言によって遺言を執行する人が指定されていないとき又は遺言執行者がなくなったときは」この申立てができるとしています。申立人になれるのは「利害関係人(相続人,遺言者の債権者,遺贈を受けた者など)」です。
費用は「執行の対象となる遺言書1通につき収入印紙800円分」です。これに連絡用の郵便料が加わりますが、「郵便料は裁判所ごとに異なります。」とされており、「申立先の裁判所で必要な郵便料については」各地の裁判所のページで確かめるよう案内されています。
添付書類は「遺言者の死亡の記載のある戸籍」の謄本、「遺言執行者候補者の住民票又は戸籍附票」、遺言書の写し、「利害関係を証する資料(親族の場合,戸籍謄本(全部事項証明書)等)」です。検認の事件記録が家庭裁判所に残っている間は、一部の添付が省けるとも書かれています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申立てができる人 | 相続人や遺言者の債権者など利害関係人 |
| 申立てをする裁判所 | 遺言者の最後の住所地の家庭裁判所 |
| 収入印紙 | 執行の対象となる遺言書1通につき800円分 |
| 郵便料 | 裁判所ごとに異なるため申立先で確かめます |
| 主な添付書類 | 遺言者の死亡の記載のある戸籍と候補者の住民票 |
表1 家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てるときの項目です。裁判所「遺言執行者の選任」をもとに作成しました(2026年10月17日確認)。※一般的な例です。個別の事情により結論が異なります
名古屋家庭裁判所にお尋ねになる前に、心得ておきたいことがあります。同庁の家事手続案内は「電話ではお受けしておりません。」とされており、「名古屋家庭裁判所(本庁・各支部)までお越しいただく必要があります。」とあります。「1件につき概ね20分以内を目安としています。」ともありますので、聞きたいことを紙に書いてお出かけになるほうが確かです。
遺言執行者は、任務を始めたら、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知します。そのうえで行った行為は、遺言執行者であることを示して行ったものであれば、相続人に対して直接に効力が生じます。
通知については、新旧対照条文に「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。」と置かれました。中身を知らされないまま手続きが進むことを避けるための定めです。法務省の「相続法改正の概要について」によれば「2019年(平成31年)7月1日(原則)」からの決まりです。
引き受けた方が全部を自分でやる必要はありません。「遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」という条文があります。ご家族を指定し、登記や書類の作成は司法書士にお任せになる進め方もとれます。
自筆証書遺言を法務局に預けていない場合は、遺言執行者が動く前に家庭裁判所の検認が要ります。検認を申し立てるのは保管者か発見した相続人で、遺言の執行には検認済証明書が要ります。
裁判所の「遺言書の検認」の案内では、「遺言者の死亡を知った後,遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して」検認を請求します。申し立てるのは「遺言書の保管者」か「遺言書を発見した相続人」で、遺言執行者の役目とは限りません。
検認は中身を認めてもらう手続きではなく、「遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。」と明記されています。済んだら検認済証明書を申請し、「遺言書1通につき150円分の収入印紙が必要となります。」とあります。
名古屋家庭裁判所の案内(遺言書の検認の手続の案内)には、申立てから期日までの目安が「約1か月」とあります。遺言執行者を決めておいても、自筆証書遺言のままでは、動き出すまでにこのひと月が乗ります。法務局の遺言書保管制度に預けておけば、この検認は要りません。
2026年(令和8年)6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律で、遺言の方式に見直しが入ります。遺言執行者の規定そのものを変える内容は、法務省の公表資料には見当たりませんでした。
法務省の資料(民法等改正法の概要)では、一つは押印の取扱いです。「自筆証書遺言、秘密証書遺言、特別の方式の遺言における遺言者及び証人等の押印要件を廃止し、押印を任意とする。」とされました。もう一つは、「相続開始後の家庭裁判所における検認手続が不要」になる保管証書遺言の創設です。
施行の日はまだ決まっていません。押印の任意化などは「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」とされ、保管証書遺言の創設などは公布から3年を超えない範囲とされています。2026年10月17日の時点で、この日を定める政令は見当たりません。施行までは今の方式のままです。
遺言執行者について、名古屋市東区の当事務所でよくいただくお尋ねを三つ挙げます。いずれも遺言書を書く前に決めておけることですので、下書きの段階で考えておくと後がらくになります。
ご家族を指定してかまいません。函館地方法務局の文例集には、妻、長男、二男、孫、内縁の妻を指定する例が並びます。ただし、ご自身と年齢の近い方だけを指定すると、先にお亡くなりになったときに行き止まりになります。予備の遺言執行者を一行足しておきます。
進められる手続きもありますが、遺贈の履行は遺言執行者だけが行いますので、家族以外の方に財産を渡す内容では行き止まりになります。そのときは、利害関係のある方が家庭裁判所に選任の申立てをする方法があります。
遺言執行者を決めておいても、自筆証書遺言の検認は省けません。検認が要らなくなるのは、法務局の遺言書保管制度に預けた場合と、公正証書遺言にした場合です。どちらを選ぶかは、ご事情によって向き・不向きがあります。
遺言執行者を決めておく値打ちは、財産を渡したい相手がどなたかによって変わります。家族以外の方に遺贈したい場合や、不動産を一人に承継させたい場合は、指定しておく意味が大きくなります。
| ご状況 | 考えられる進め方 |
|---|---|
| これから遺言書を書く | 遺言書の中で遺言執行者を指定しておきます |
| 家族以外の方に渡したい | 遺贈の履行は遺言執行者だけができます |
| 不動産を一人に承継させたい | 遺言執行者が登記を申請できます |
| 遺言書を法務局に預けたい | 保管申請書にも遺言執行者を記載します |
| 指定した人が先に亡くなったら | 予備の遺言執行者も指定しておきます |
| 遺言書に指定がなかった | 家庭裁判所に選任の申立てをします |
| 相続人のあいだで争いになりそう | 弁護士へのご相談が適している場合があります |
表2 本文で触れた進め方をまとめたものです。※一般的な例です。個別の事情により結論が異なります
年末年始にご家族がお集まりになる前に、遺言書の下書きへ一行を足しておくだけで済む話です。相続人のあいだで争いになりそうなご事情であれば、書く前に弁護士へご相談いただくほうが早いこともあります。名古屋の遺言書作成と相続のご相談を、お気軽にお寄せください。
出典:法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律新旧対照条文」/法務省(相続の効力等に関する見直しについて)/法務省「相続法改正の概要について」/法務省(民法等改正法の概要)/裁判所「遺言執行者の選任」/裁判所「遺言書の検認」/名古屋家庭裁判所(遺言書の検認の手続の案内)/名古屋家庭裁判所(家事手続案内)/松江地方法務局「自筆証書遺言書作成・保管申請キット」/函館地方法務局「自筆証書遺言書の文例集(付言事項付き)」
この記事は 2026年10月17日 時点の情報です。制度や手数料は改正されることがありますので、最新の取扱いは家庭裁判所・法務局等でご確認ください。
本記事は登記手続と書類作成の観点からの一般的な解説です。相続人のあいだで争いがある場合は弁護士へ、相続税・贈与税など税務は税理士へご相談ください。個別の事情によって結論は変わります。
監修:司法書士 市川貴史(愛知県司法書士会 登録番号 愛知第1239号)
司法書士法人白壁事務所(しらかべ) 代表社員。名古屋市東区白壁。司法書士歴20年以上。
相続・遺言・家族信託・成年後見・不動産登記・商業登記を扱っています。
最終更新日:2026年10月17日
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