
実家が空き家のまま残っています。相続放棄をすれば、あの家のことはもう考えなくてよいのでしょうか。名古屋市東区の事務所でも、ここ数年で目に見えて増えたご相談です。
先にお答えをお伝えします。相続放棄をすれば、その空き家の所有者にはなりません。ただし、放棄した時点でその建物を実際に使っていた方には、引き渡すまでのあいだ保存する義務が残ります。令和5年(2023年)4月1日に施行された民法の改正で、この義務の範囲が書かれました。どこまでが自分の手に残り、どこからは離れるのか。順に見ていきます。
相続放棄が家庭裁判所に受理されると、その方は初めから相続人でなかったものとして扱われます。空き家の所有者になることはなく、固定資産税の現所有者としての申告も必要ありません。
国税庁の「相続人の範囲と法定相続分」は、「なお、相続を放棄した人は初めから相続人でなかったものとされます」と記しています。その方が実家の土地建物を相続することもありません。
税のほうも同じ扱いです。名古屋市では、土地や家屋の所有者が亡くなって相続登記が済むまでのあいだ、その不動産を現に所有している方に申告をしていただく制度があります。令和2年(2020年)12月1日から始まった仕組みで、現所有者であることを知った日の翌日から3か月を経過した日が期限、申告をしなかった場合は10万円以下の過料が科されることがあります。この制度について名古屋市は、「相続放棄をされた方は申告の必要はありません」と案内しています(名古屋市「現に所有している者の申告制度」)。
| 項目 | 相続放棄をした場合 | 放棄をしなかった場合 |
|---|---|---|
| 相続人としての立場 | 初めから相続人でない | 相続人になる |
| 空き家の所有者 | ならない | なる |
| 現所有者の申告 | 不要 | 必要 |
| 放棄の時に占有していた財産 | 引渡しまで保存する | 所有者として管理する |
| 市からの勧告の相手 | ならない | なることがある |
表1 相続放棄をした場合と、しなかった場合の立場の違い(国税庁・法務省・名古屋市の各資料、2026年9月26日確認)。※一般的な例です。個別の事情により結論が異なります
放棄した時点でその財産を現に占有していた方は、他の相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでのあいだ、その財産を保存しなければなりません。令和5年4月1日施行の改正で、この義務がはっきり書かれました。
法務省の改正資料は、新しい民法940条1項について「相続の放棄の時に現に占有している相続財産につき、相続人(法定相続人全員が放棄した場合は、相続財産の清算人)に対して当該財産を引き渡すまでの間、その財産を保存しなければならない」と説明しています(法務省「民法の改正(所有者不明土地等関係)の主な改正項目について」)。
義務を負うのは、放棄した時点でその財産を現に占有していた方に限られます。そして、引き渡しが済めば義務は終わります。放棄をしたら一生その家を見続けなければならない、という話ではありません。
放棄をした時点で、その建物や土地を実際に支配していたかどうかが分かれ目になります。同居していた、鍵を預かって出入りしていたといった状態であれば、占有していたと考えられます。
逆に、何十年も訪ねていない遠方の家で、鍵も持っていないという場合は、占有していたとはいえないでしょう。どこからが占有に当たるのかは、住んでいた期間、鍵の管理、近所への対応といった事情の積み重ねで判断が分かれます。ご自身の状況が微妙だと感じられたら、放棄の前にご相談ください。
私が以前お受けしたご相談に、こういうものがありました。春日井市にお住まいの方が、名古屋市内のご実家を相続されることになり、借金の心配から放棄を選ばれました。ところが放棄のあとも、庭木の枝が隣家に伸びるたびにご自分で切りに通っておられたのです。鍵を持ち続けて出入りしている状態は、ご本人が考えていたより重い立場に置かれかねません。その後、他の相続人の方へ鍵と建物を引き渡す段取りをつけたところで、ようやく肩の荷が下りたとおっしゃっていました。親切のつもりの行いが、かえって手を離しにくくすることがあります。
※事例は個人情報保護のため一部を改めています。
相続人全員が放棄をして引き渡す相手がいなくなった場合は、家庭裁判所に相続財産の清算人を選任してもらい、その清算人に引き渡すことで保存義務を終えられます。
選任を申し立てられるのは利害関係人または検察官です。申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は「収入印紙800円分」のほか、連絡用の郵便切手と官報公告料がかかり、事案によっては予納金を納めることもあります(裁判所「相続財産清算人の選任」)。清算人は債務を整理し、裁判所の説明では「清算後残った財産を国庫に帰属させることになります」。
この手続きは、令和5年4月1日の改正で扱いやすくなりました。以前の「相続財産の管理人」という名称が職務の内容に合わせて「相続財産の清算人」に改められ、選任の公告と相続人捜索の公告が一つにまとめられたことで、権利関係の確定に必要な期間が6か月に短縮されています(前掲・法務省資料)。古い案内書には旧い名称のまま残っているものがありますので、調べ物のときはご注意ください。
適切に管理されていない空き家は、市から助言や指導、さらに勧告を受けることがあります。勧告を受けると、その土地の固定資産税の住宅用地特例が適用されなくなります。
名古屋市は、管理が不適切な空き家を「特定空家等」と「管理不全空家等」に分けて扱っています。特定空家等は、倒壊のおそれや衛生上の問題、著しく景観を損なっているといった状態のもの、管理不全空家等は、そのまま放置すれば特定空家等になるおそれのあるものです。市は助言や指導から始め、改善されない場合は勧告、命令へと段階的に進めます(名古屋市「空家等対策の推進について」)。
住宅が建っている土地は固定資産税が軽くなる特例を受けていますが、名古屋市は、空家法の勧告を受けたものはその対象から除かれると案内しています。令和5年(2023年)12月13日に施行された空家等対策の推進に関する特別措置法の改正により、管理不全空家等についても勧告ができるようになりました(国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律」、名古屋市「空き家所有者の皆様へ」)。傷みが進む前の段階で声がかかる仕組みになったわけです。
そして名古屋市は、空き家の適切な管理は所有者の責務であるとしたうえで、登記上の所有者が亡くなっている場合には法定相続人に責任が移ると説明しています。一部の方だけが放棄したという状態では、残った相続人に責任がかかります。放棄をするかどうかをご家族のあいだで揃えて考えたほうがよい理由が、ここにあります。
空き家の管理そのものにお困りの場合は、名古屋市の相談先を使う方法があります。市は名古屋市シルバー人材センターと連携した空き家管理サポートのほか、不動産関係の団体と連携した総合相談も案内しています。
オアシス21内の「住まいの窓口」でも相談を受け付けており、空き家そのもののご相談は各区役所の地域力推進課が窓口です(名古屋市「空き家の管理でお困りの方へ」)。
お盆に帰省されて実家の傷みに気づき、秋のうちに動かれる方が多いように感じます。冬は庭の手入れも足が遠のきますので、気候のよいこの時期に一度見ておかれるとよいかもしれません。
相続放棄は3か月のなかで決める必要があります。判断がつかないときは家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があり、空き家を手放す道としては、売却のほか相続土地国庫帰属制度という選択肢もあります。
相続放棄の申述は、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」にしなければなりません。費用は「収入印紙800円分(申述人1人につき)」と連絡用の郵便切手です(裁判所「相続放棄の申述」)。調査が終わらないうちに期限が来てしまいそうなときは、同じ3か月のうちに期間の伸長を申し立てられます。申立先は同じく被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です(裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」)。
迷いが生まれやすいのは、借金はないけれど空き家だけが重荷だ、という場合です。放棄をすれば預貯金も受け取れなくなりますし、他の相続人に順番が移ってご親族に連絡が回ることにもなります。土地だけを手放す道としては、令和5年4月27日に始まった相続土地国庫帰属制度もあります(法務省「相続土地国庫帰属制度について」)。放棄か抱え込むかの二択ではないことは、知っておいていただきたいところです。
私どもでお手伝いできるのは、家庭裁判所に提出する書類の作成という立場です。手続きそのものを代理することはできませんので、その点は最初にお伝えしています。相続人のあいだで争いがあるご事情であれば弁護士へ、税金の計算は税理士へとおつなぎします。
| ご状況 | 考えられる進め方 |
|---|---|
| 3か月の期限が迫っている | 家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があります |
| 放棄したが実家の鍵を預かっている | 他の相続人に引き渡すまで保存します |
| 相続人全員が放棄した | 家庭裁判所に相続財産の清算人の選任を申し立てます |
| 空き家の傷みが進んできた | 市の相談窓口で管理の方法を相談します |
| 市から勧告の連絡が来た | 住宅用地特例の扱いを市税事務所に確認します |
| 放棄以外で土地を手放したい | 売却や相続土地国庫帰属制度も選択肢になります |
表2 ご状況ごとに考えられる進め方(裁判所・法務省・名古屋市の各資料、2026年9月26日確認)。※一般的な例です。個別の事情により結論が異なります
ご相談の場でよくお尋ねいただく点を4つにまとめました。いずれも一般的な取扱いですので、ご自身の事情に当てはめるときは個別にご確認ください。
市の側でまだ放棄を把握していないことが多いようです。相続放棄申述受理通知書または受理証明書をお示しになり、放棄をした旨をご説明ください。あわせて、他に相続人がいらっしゃるかどうかもお伝えいただくと、話が早く進みます。
放棄をした時点で鍵を持ち、出入りをしていたのであれば、現に占有していたと考えられます。その場合は、他の相続人か相続財産の清算人に引き渡すまでのあいだ、保存する義務が残ります。判断が難しいときはご相談ください。
引き渡す相手がいませんので、家庭裁判所に相続財産の清算人を選任してもらうことになります。清算人が債務を整理し、清算後に残った財産は国庫に帰属します。申立てには費用がかかりますので、その負担も含めて考えることになります。
名古屋市は、現に所有している者の申告について「相続放棄をされた方は申告の必要はありません」と案内しています。税額の計算や個別の課税関係については市税事務所か税理士にご確認ください。
相続放棄をすれば空き家の所有者にはなりませんが、放棄の時点で鍵を持ち、出入りをしていた方には、引き渡すまでの保存義務が残ります。引き渡す相手がいなければ、家庭裁判所で相続財産の清算人を選んでもらう道をたどります。
ですから、放棄を考えられるときは、実家の鍵を誰が持っているのか、他の相続人はどうするつもりなのかを、はじめに整理しておかれることをお勧めします。ここが決まっていれば、3か月という期間はそれほど短くありません。当事務所では、春日井市や岐阜方面のご実家についてのご相談もお受けしています。まずはお気軽にご相談ください。
この記事は 2026年9月26日 時点の情報です。制度や手数料は改正されることがありますので、最新の取扱いは家庭裁判所・法務局・市区町村の窓口等でご確認ください。
本記事は登記手続と書類作成の観点からの一般的な解説です。相続人のあいだで争いがある場合は弁護士へ、相続税・贈与税など税務は税理士へご相談ください。個別の事情によって結論は変わります。
監修:司法書士 市川貴史(愛知県司法書士会 登録番号 愛知第1239号)
司法書士法人白壁事務所(しらかべ) 代表社員。名古屋市東区白壁。司法書士歴20年以上。
相続・遺言・家族信託・成年後見・不動産登記・商業登記を扱っています。
最終更新日:2026年9月26日