
「父の名義のままで、もう十年以上になります」。名古屋市東区の事務所で、そうお話しになる方に毎月のようにお会いします。相続登記を後回しにして最初に困るのは、実は過料ではありません。手続きそのものが年を追うごとに重くなることです。何がどう重くなるのか、順に見ていきます。
放置しても登記簿の名義は勝手には変わりませんが、その間に相続人のどなたかが亡くなれば、権利を持つ方が枝分かれして増えていきます。売却や担保設定もできません。申請義務の対象にもなります。
登記簿の名義は、役所が自動で書き換えてくれるものではありません。ご家族が申請してはじめて変わります。申請をしないあいだ、その不動産は法律上、相続人の皆さんで共有している状態のまま止まっています。止まっているのは登記簿だけで、ご家族の側は変わっていきますので、困るのはたいていお子さんやお孫さんの世代です。
相続登記をしないうちに相続人のどなたかが亡くなると、その方の相続人が新たに加わります。これが二度、三度と重なると、当初は3人だった相続人が十数人、ときには数十人にまで広がります。数次相続と呼ばれる状態です。
たとえばお父さまが亡くなり、相続人がお母さまとお子さん2人だったとします。登記をしていれば話し合う相手は3人です。ところが10年が過ぎてお母さまが亡くなられ、お子さんのお一人も先に亡くなれば、その配偶者とお孫さんが加わります。ご兄弟姉妹が相続人になる場合はもっと急です。
人数が増えるだけではありません。面識のない親族が加わるため、連絡先を調べるところから始まります。遺産分割協議は相続人全員の合意が必要で、お一人でも所在が分からなければ前に進みません。
私自身、白壁の一角で昭和30年代の名義のまま残っていた土地の相続登記をお引き受けしたことがあります。戸籍を順に取り寄せると相続人は20人を超えていました。最初の相続から60年近くが過ぎ、ご依頼くださった方には顔も名前も知らない親戚ばかりです。お手紙を書き、ご署名をいただいて回るまでに1年以上かかりました。最初の相続の時点で登記をしていれば、相続人はお二人でした。
※事例は個人情報保護のため一部を改めています。
こうした土地は珍しくありません。法務省が全国の不動産登記簿を対象に行った調査では、最後に所有権の登記がされてから50年以上経過しているものが、大都市地域で6.6パーセント、中小都市・中山間地域で26.6パーセントに上っていました(法務省「不動産登記簿における相続登記未了土地調査について」)。東区の白壁・主税・橦木のあたりは戦災を免れて古い区画が残った地域ですので、名義が何代も前のままという土地には地元でもしばしば出会います。
相続が始まってから10年を過ぎた後にする遺産分割は、原則として法定相続分または指定相続分によることになりました。生前の援助や介護の貢献を分け方に反映させる具体的相続分は、原則として主張できなくなります。
令和5年(2023年)4月1日から始まった取扱いです。登記を後回しにするご家庭では話し合いも一緒に止まっていることが多いため、放置と地続きの問題になります。
法務省の資料は、改正法の内容を「相続開始(被相続人の死亡)時から10年を経過した後にする遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)による」と説明しています(法務省「民法の改正(所有者不明土地等関係)の主な改正項目について」)。具体的相続分とは、特別受益(生前に受けた贈与など)や寄与分(介護などの貢献)を考慮して調整した取り分のことです。10年を過ぎると、この調整をしないまま法律の割合で分けるのが原則になります。
例外は2つです。10年経過前に相続人が家庭裁判所へ遺産分割の請求をしたときと、10年の期間満了前6か月以内にやむを得ない事由で請求できず、その事由が消えてから6か月以内に請求したときです。話し合いのまま何もせず10年を越えると当てはまりません。長年ご両親と同居して介護を担ってこられた方が、その分を考慮してほしいとお話しになっても、原則としては通らなくなります。
登記簿の名義が亡くなった方のままでは、その不動産を売ることも担保に入れることもできません。買主が決まってから相続人を探し始めると、期日までに書類がそろわず、話が流れてしまうことがあります。
不動産の取引では、売主が登記名義人であることが前提になります。名義がお父さまのままであれば、まず相続登記を済ませてからでなければ買主へ移せません。相続人が20人いれば、その全員の合意を取り付けてからの話になります。融資を受けて建て替える場合も同じで、抵当権を設定するには土地の名義が借りる方のものになっている必要があります。
施設への入所費用を工面するため実家を売ろうとして、そこで初めて名義がそのままだったと気づかれる例は少なくありません。毎年4月から5月に固定資産税の納税通知書が届くたび、そろそろやらないと思いながら年が過ぎていく、というお話も何度もうかがいます。
令和6年(2024年)4月1日から、相続登記の申請が義務になりました。不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請しないと、正当な理由がない場合に10万円以下の過料の対象になります。施行日より前に起きた相続も対象です。
法務省は「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられました」と案内し、怠ったときは10万円以下の過料の適用対象になるとしています(法務省「相続登記の申請義務化について」)。
長く放置されている不動産にとって重いのは、施行日前の相続も対象になった点です。昭和や平成のうちに起きた相続で名義がそのままのものも、令和9年(2027年)3月31日までに登記をしていただく必要があります。残りは1年半ほどで、相続人が多い案件では戸籍を集めるだけで数か月かかりますので、余裕のある日程とは言えません。
過料は、期限を過ぎたら自動的に科されるものではありません。法務省の案内によれば、登記官が申請義務の違反を把握すると、まず催告書を送って登記を促し、その期限内にも登記がされない場合に裁判所へ通知が行き、裁判所が判断する流れです(法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」)。正当な理由として法務省が挙げているのは、相続人が極めて多数に上る場合、遺産の範囲等が争われている場合など5つで、放置してきた年数の長さそのものが理由になるわけではありません。
長期間にわたって相続登記がされていない土地については、法務局が法定相続人を調べて登記簿にその旨を記録し、相続人のお一人に通知を送る取組みが続いています。心当たりのない土地について、ある日突然お知らせが届くこともあります。
神戸地方法務局の案内では、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法第40条第1項に基づく調査を行い、「長期間にわたり相続登記等がされていないことが判明した土地」の登記簿にその旨を登記し、「法定相続人情報を電磁的記録で作成し、保存し、所有権の登記名義人の法定相続人(複数人いるときはそのうちのお一人)に通知をしています」と説明されています(神戸地方法務局「長期間相続登記等がされていないって?」)。
この通知は過料の予告ではなく、登記をお願いするお知らせです。ただ、届いた時点では法務局の側で相続人の調査が進んでいます。書面は捨てずに取っておいてください。
まず登記簿で今の名義を確かめ、次に戸籍で相続人の範囲をつかみます。そのうえで話し合いに時間がかかりそうであれば、相続人申告登記という手続きで、申請義務だけを先に果たしておく方法があります。
はじめの一歩は、対象の不動産をはっきりさせることです。納税通知書の物件と登記簿上の物件が食い違い、私道の持分が抜けている例もあります。登記事項証明書で今の名義人と亡くなった時期を確認し、次に出生から死亡までの戸籍をたどって相続人の範囲を確定させます。ここが放置した年数の影響を最も受ける工程です。
話し合いが3年以内にまとまりそうにない場合の受け皿が、相続人申告登記です。法務省は、遺産分割がまとまらない場合でも、この申出をすることで申請義務を履行したものと認められると案内しています(法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」)。ただし、自分が相続人であると登記簿に記録してもらう手続きであって、権利関係を公示するものではありません。売却や抵当権設定には、あらためて相続登記が要ります。
名古屋法務局では、愛知県司法書士会に所属する司法書士が担当する無料の登記相談も行われています。本局のほか春日井支局や一宮支局などでも実施されていますので、まず話を聞いてみたい段階ならそちらを利用される方法もあります。判断に迷われたときは、当事務所にもお声かけください。
放置してしまった年数に関わるご質問のうち、事務所でとくに多くいただくものを3つ選びました。ご自身の状況に近いものからお読みいただければと思います。
できます。相続登記に時効はありません。古い相続でも、戸籍をたどって相続人を確定し、遺産分割協議書などをそろえれば申請できます。ただし戸籍の通数と関わる方の人数が増えますので、期間も費用もその分かかります。
戸籍の附票をたどって現在の住所を調べるところから始めます。それでも所在がつかめない場合は、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てるなどの方法があります。意見が対立している場合は弁護士のご相談になりますが、所在が分からないだけであれば、登記手続の側で対応できることが多くあります。
過料を科すかどうかを決めるのは裁判所です。登記官からの催告を経て裁判所へ通知が行き、そこで判断されます。件数などは公表されていませんので、断定は控えます。過料の有無にかかわらず、放置で手続きが重くなることのほうが、ご家族には大きな負担になります。
放置して増えるものは、過料の心配より先に、相続人の数と集める戸籍の量です。相続開始から10年という区切りと、令和9年3月31日という期限が近づいています。今いらっしゃる相続人がそろっているうちに動くことが、次の世代への配慮になります。
お盆に実家へ帰られて名義の話が出たままになっているご家庭も、このころ多くいらっしゃいます。登記事項証明書を1通取り寄せてみるところからで十分です。その1枚で、次にすることが見えてきます。
この記事は 2026年9月16日 時点の情報です。制度や手数料は改正されることがありますので、最新の取扱いは法務局・税務署等でご確認ください。
本記事は登記手続と書類作成の観点からの一般的な解説です。相続人のあいだで争いがある場合は弁護士へ、相続税・贈与税など税務は税理士へご相談ください。個別の事情によって結論は変わります。なお、認定司法書士が代理できるのは訴額140万円以下の簡易裁判所の手続きに限られ、家庭裁判所の遺産分割調停の代理はいたしかねます。
監修:司法書士 市川貴史(愛知県司法書士会 登録番号 愛知第1239号)
司法書士法人白壁事務所(しらかべ) 代表社員。名古屋市東区白壁。司法書士歴20年以上。
相続・遺言・家族信託・成年後見・不動産登記・商業登記を扱っています。
最終更新日:2026年9月16日
名義が何代も前のままになっている不動産について、どこから手をつければよいか分からないというご相談を、名古屋市東区の事務所で承っております。愛知県内および岐阜県からのご相談にも対応しております。まずはお気軽にご相談ください。