
「親から受け継いだ家の名義を、自分で変えられないものでしょうか」。名古屋市東区の事務所で、そうしたご相談をお受けします。結論から申し上げますと、相続登記はご自身で申請できます。法務局が申請書の様式も手引きも公開していますし、窓口で書き方を教えてもらう仕組みもあります。ただ、すべての相続が同じ難しさというわけではありません。進めやすい場合と、つまずきやすい場合の分かれ目を整理します。
相続登記の申請に資格の制限はなく、相続人ご本人が申請できます。法務局は申請書の様式と記載例、手続の手引きを公開しており、書き方を教えてもらえる「登記手続案内」という窓口も用意されています。
法務局のサイトには「所有権移転登記申請書(相続・遺産分割)」「同(相続・法定相続)」などの様式が、記載例とともに置かれています(法務局「不動産登記の申請書様式について」)。手引きの「登記申請手続のご案内」も、遺産分割協議をした場合、法定相続分で分ける場合、相続人への遺贈の場合の3種類が公開されています(法務局「相続登記・遺贈の登記の申請をされる相続人の方へ(登記手続ハンドブック)」)。
ただし法務局は、書類の作成そのものを引き受けるわけではありません。「申請書の作成や書類の収集等は御自身で行っていただく」ことが前提と案内されています(法務局「登記申請を御自身ですることを検討されている方からよくある質問」)。
亡くなった方の戸籍がつながりやすく、相続人が少なく、分け方の話し合いがまとまっていて、不動産が手の届く範囲に1件か2件あるという場合です。この4つがそろえば、ご自身で申請できる見込みは高くなります。
具体的には、次のような相続です。
この型であれば、戸籍を集め、評価証明を取り、様式に沿って申請書を書き、収入印紙を貼って提出する流れで進みます。一番の条件になるのは、平日の日中に役所と法務局へ足を運べる時間を作れるかどうかです。
相続人の人数が多い、何代か前の名義のまま長く置かれている、遺言の読み方に判断が要る、相続人に認知症の方や連絡の取れない方がいる、といった事情です。これに触れると、難しさが一段上がります。
これまで担当した中で印象に残っているのは、昭和の初めに亡くなった方の名義のままになっていた土地です。ご相談にみえたのはお孫さんの世代で、ご自分で戸籍を集め始めたものの、請求先の市区町村が9つに広がったところで手が止まっていました。最終的に相続人は20人を超えました。集めた戸籍は正確でしたが、それを読んで「この方は相続人にあたるのか」を見極める部分が難しかったのです。(※事例は個人情報保護のため一部を改めています)
戸籍を1通ずつ取り寄せる作業は、時間をかければご自身でもできます。判断が要るのは、集めたあとの読み方です。養子縁組や認知、代襲相続が出てくると、相続人の範囲が変わります。
不動産の見落としも起こりがちです。自宅の敷地と建物だけを申請して、前面道路の共有持分が残ってしまう例をよく見ますので、名寄帳で突き合わせる作業が要ります。
所有権の移転の登記では、令和7年(2025年)4月21日から検索用情報の申出が必要になり、令和8年(2026年)10月5日以降にする申出には国籍等が加わります。古い記載例をそのまま写すと、項目が足りなくなります。
検索用情報の申出は、登記名義人になる方の氏名、氏名の振り仮名、住所、生年月日、メールアドレス、国籍等を、登記の申請とあわせて申し出る仕組みです。住所や氏名が変わったときに登記官が職権で変更登記をする制度と対になっています(法務省「検索用情報の申出について(職権による住所等変更登記関係)」)。相続による所有権移転登記も対象です。
申し出なかった場合について、法務省は「登記申請は却下されませんが」、「申出をするよう登記所から連絡をさせていただきます」と説明しています。メールアドレスがない場合は、欄に「なし」と記載すれば申出ができます(法務省「検索用情報の申出に関するQ&A」)。
法務局の申請書様式にも、令和8年10月5日以降に申請する場合の版が別に用意されています(法務局「不動産登記の申請書様式について」)。書籍やひな型を写して書くと、この項目が抜け落ちます。様式は申請の直前に取り直してください。
申請書は、不動産の所在地を管轄する法務局の窓口へ持参するか、郵送するか、オンラインで申請します。郵送は書留郵便で送り、オンラインではマイナンバーカードの電子証明書などが要ります。
手引きには「登記申請書及び添付書面を入れた封筒の表面に『不動産登記申請書在中』と記載の上、書留郵便により送付してください」とあります(法務局「登記申請手続のご案内(相続登記①/遺産分割協議編)令和8年4月」)。完了書類を郵送で返してもらうには、宛名を書いた返信用封筒と切手を同封します。
オンライン申請には、マイナンバーカードの電子証明書、ICカードリーダライタ、申請用総合ソフトが要ります。戸籍は別に持参または郵送することになり、その書面は「オンライン申請の受付の日から2日以内(初日、休日等を除く)に法務局に到達する必要があります」とされています(法務局「相続の登記をオンライン申請したい方」)。一度きりの手続きのためにここまで整えるのは、手間に見合わないように感じます。
内容に誤りや不足があれば「法務局(登記所)の担当者から連絡します」とされていますので、申請書には平日の日中につながる電話番号を書いておきます(同ご案内)。登記が終わると登記完了証と登記識別情報通知書が交付されます。この通知書は後日その不動産を売るときに使いますので、封を開けずに保管してください。
登録免許税は誰が申請しても同じで、相続による所有権の移転の登記は不動産の価額の1000分の4です。戸籍や証明書の手数料も変わりません。差が出るのは、司法書士の報酬と、ご自身が使う時間です。
課税標準になる不動産の価額は、「市町村役場で管理している固定資産課税台帳に登録された価格がある場合は、原則その価格」とされています(国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」令和8年4月1日現在法令等)。ご自身で申請しても、この税額は下がりません。
一方で、戸籍を取り寄せる郵便代や定額小為替の手数料、平日に役所へ出向く時間は、ご自身の負担になります。ご自分で進めるかどうかは、費用よりも時間の問題です。※費用や所要の期間は事案によって異なります。
登記手続案内は完全予約制で、1回20分以内です。対面のほか、ウェブ会議や電話も選べます。教えてもらえるのは申請書の書き方と必要書類で、遺産分割の内容についての相談は対象外とされています。
案内の範囲は「登記申請書の作成等に必要な情報の提供」とされ、「1回当たり20分以内」「完全予約制」と明示されています。予約は法務局手続案内予約サービスまたは電話で受け付けられ、対面・ウェブ会議・電話から選べます(法務局「登記手続案内」)。20分という時間を思うと、申請書の下書きまで進めたうえで、詰まっている箇所を絞って持ち込む使い方が向きます。
名古屋にお住まいの方には、名古屋法務局の無料登記相談もあります。本局のほか春日井、津島、一宮、半田、刈谷の各支局で予約制により開かれ、愛知県司法書士会の司法書士が担当します(名古屋法務局「相続登記を検討されている方へ-無料登記相談のご案内-」)。曜日と時間は場所によって異なります。
相続登記の申請は、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内が義務とされています。令和6年4月1日より前に開始した相続は、令和9年3月31日までが期限です。残り時間から逆算して決めます。
法務省は「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内」の申請が義務付けられ、「正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10万円以下の過料の適用対象となる」と説明しています(法務省「相続登記の申請義務化について」)。
令和9年3月31日は、この記事を書いている令和8年9月14日から、おおよそ1年半後にあたります。戸籍集めから遺産分割の話し合いまでを見込むと、ゆとりのある期間とは言い切れません。話し合いがまとまりそうにないときは、相続人申告登記という方法もあります。
ご自身で申請するかどうかを迷われる方から、実際にお受けすることの多いご質問を3つ挙げます。いずれも令和8年9月14日に法務局と法務省の公開情報で確かめた内容です。
A 戸籍がどこまで広がるかで大きく変わります。本籍を移していない方で相続人が配偶者と子だけなら、数週間でそろうこともあります。請求先が県外にまたがると、そのたびに郵送の往復が生じます。
A 郵送による申請ができますので、法務局へ出向かずに提出することは可能です。戸籍は令和6年3月1日から始まった広域交付により、本籍地が全国各地にあっても1か所の窓口でまとめて請求できます。ただし請求できるのは本人・配偶者・直系尊属・直系卑属に限られ、「郵送や代理人による請求はできません」とされています(法務省「戸籍法の一部を改正する法律について」)。
A できます。集めた戸籍や評価証明は、そのまま使えることがほとんどです。どこまで進んでいるかをお持ちいただければ、残りの部分からお手伝いいたします。
ご自身で申請できるかどうかは、その相続の形で決まります。戸籍がつながりやすく、相続人が少なく、分け方が決まっているなら、法務局の様式と手引きを頼りに進められます。反対に、何代か前の名義のまま置かれている場合は、早い段階で専門家に見てもらうほうが、結果として時間を節約できます。
まずは、亡くなった方の名義の不動産がどれだけあるのかを、名寄帳と登記事項証明書で確かめるところから始めてみてください。相続人の顔ぶれが見えてから決めても遅くありません。判断に迷われたときは、まずはお気軽にご相談ください。
この記事は 2026年9月14日 時点の情報です。制度や手数料は改正されることがありますので、最新の取扱いは法務局・税務署等でご確認ください。
本記事は登記手続と書類作成の観点からの一般的な解説です。相続人のあいだで争いがある場合は弁護士へ、相続税・贈与税など税務は税理士へご相談ください。個別の事情によって結論は変わります。
監修:司法書士 市川貴史(愛知県司法書士会 登録番号 愛知第1239号)
司法書士法人白壁事務所(しらかべ) 代表社員。名古屋市東区白壁。司法書士歴20年以上。
相続・遺言・家族信託・成年後見・不動産登記・商業登記を扱っています。
最終更新日:2026年9月14日